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札幌地方裁判所 昭和47年(ワ)108号 判決 1975年1月28日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  原告に対し、被告河井輝夫(以下被告輝夫という。)は、別紙物件目録(一)(二)(九)(一一)の各土地につき、被告徳田傳は、同目録(四)の土地につき、被告野幌林産株式会社(以下被告会社という。)は、同目録(五)の土地につき、被告江別市は、同目録(六)(七)(一〇)(一二)の各土地につき、被告河井英二(以下被告英二という。)は、同目録(三)(八)の各土地につき、それぞれ真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつその引渡しをせよ。

2  被告年金福祉事業団(以下被告事業団という。)は、原告に対し、同目録(五)の土地につき、札幌法務局江別出張所昭和四一年七月二日受付第三五八三号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告(請求の原因)

1  別紙物件目録記載の各土地(以下本件土地という。)は、原告が、昭和一四年四月二七日、家督相続によりその所有権を取得したものである。

2  ところが、本件土地につき、昭和三二年三月九日、原告から訴外河井英一名義に同日の売買を原因とする所有権移転登記がなされ、ついで、次の各登記がなされた。

(一) 昭和四五年五月一八日、(一)(二)(九)(一一)の各土地につき、訴外河井キヨおよび被告輝夫名義に相続を原因とする持分各二分の一の所有権移転登記

(二) 昭和三九年四月一八日、(四)の土地につき、被告徳田名義に売買を原因とする所有権移転登記

(三) 昭和四一年六月一一日、(五)の土地につき、被告会社名義に売買を原因とする所有権移転登記

(四) 昭和四一年七月二日、(五)の土地につき、被告事業団名義に請求の趣旨記載の抵当権設定登記

(五) 昭和四四年一月三一日(六)(七)(一二)の各土地につき、昭和四五年四月三〇日(一〇)の土地につき、被告江別市名義に売買を原因とする所有権移転登記

(六) 昭和三七年一二月二六日(三)の土地につき、昭和四四年一二月一一日(八)の土地につき、被告英二名義に(三)は売買、(八)は、交換を原因とする所有権移転登記

3  被告事業団を除く他の被告らは、前記各所有名義の土地を占有している。

4  訴外河井キヨは、昭和四八年五月二七日死亡し、被告輝夫がその遺産を承継した。

5  原告は、訴外河井英一に本件土地を売り渡したことがない。

6  よつて、原告は、本件土地の所有権に基づき、被告事業団を除く他の被告らに対し、前記各所有名義の土地につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続および引渡しを、被告事業団に対し、前記抵当権設定登記の抹消登記手続をなすことをそれぞれ求める。

二  被告ら(請求の原因に対する認否)

請求の原因第1ないし第4項の事実は認める。同第5項の事実は否認する。

三  被告ら(抗弁)

1(一)  訴外河井英一は、昭和三一年七月二三日、原告の代理人である訴外佐藤厚との間で、本件土地を、農地法三条の許可を条件として代金六〇万円で原告から買い受ける契約を締結し、右許可を得たうえ、昭和三二年三月はじめころ、右佐藤に代金全額を支払い、同月九日その所有権移転登記を受けた。

(二)  訴外河井キヨおよび被告輝夫は、昭和四四年一二月三一日、前記河井英一の死亡による相続によつて、本件土地のうち(一)(二)(九)(一一)の各所有権を各持分二分の一あて承継した(なお、(九)の土地については、昭和三七年一二月二二日英一から被告英二に一たん売り渡されたが、昭和四四年一二月八日交換により再び英一に所有権が移転された。)。

(三)  被告徳田は、昭和三九年二月二七日、右英一から同(四)の土地を買い受けてその所有権を取得した。

(四)  被告会社は、昭和四一年五月二八日、右英一から同(五)の土地を買い受けてその所有権を取得した。

(五)  被告事業団は、昭和四一年六月二八日、被告会社から同(五)の土地につき債権額六〇〇万円の抵当権の設定を受けた。

(六)  被告江別市は、昭和四三年一二月二六日、右英一から同(六)(七)(一〇)(一二)の各土地を買い受けてその所有権を取得した。

(七)  被告河井英二は、昭和三七年一二月二六日、右英一から同(三)の土地を買い受け、昭和四四年一一月二七日、右英一との交換により同(八)の土地を取得し、各その所有権を取得した。

2  かりに、前記佐藤厚が本件土地の売却につき、原告から代理権を授与されていなかつたとしても、同人は、原告の先代沢村卯三郎の生存中同人の営業につき番頭として勤務し、卯三郎が死亡したのちは、原告から本件土地およびその周辺の地代の取立権限を与えられ、これに従事していた。そして、右佐藤が本件土地を売却したことが、右与えられた権限を踰越したものであつたとしても、右売買にあたり、佐藤は英一に原告の印鑑証明および委任状を示したので、英一が佐藤に本件土地を売却する権限があるものと信ずるにつき正当の理由があつた。

3  かりに、前項の主張もまた理由がないとしても、右英一は、本件土地を買い受けてその所有権移転登記を経由した昭和三二年三月九日以降所有の意思をもつて平穏、公然、善意、無過失に本件土地を占有し、被告徳田は(四)の土地につき、被告会社は(五)の土地につき、被告英二は(三)(九)の各土地につき、売買とともにその占有を承継し、右同様の占有を継続した。その結果、英一および右各被告らは、昭和四二年三月九日の経過とともに時効により各占有する土地の所有権を取得した。

四  原告(抗弁に対する認否)

抗弁事実はいずれも否認する。

訴外河井英一は、昭和三二年三月九日当時、原告に対し、本件土地につき所有の意思があることを表示したことがなかつたから、同人の占有権自主占有ではなかつた。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求の原因第1ないし第4項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁の当否について検討する。

当事者間に争いのない本件土地につき、昭和三二年三月九日、同日売買を原因とする原告から訴外河井英一への所有権移転登記がなされた事実ならびに成立に争いのない乙第二号証の一、二、承継前の被告河井キヨ本人の供述と弁論の全趣旨により成立が認められる乙第三、第四号証および被告輝夫、同英二各本人尋問の結果によれば、本件土地は、かつて被告輝夫の父である訴外河井英一が小作人として耕作し、その小作料は同人から本件土地の管理人のように振舞つていた訴外佐藤厚に対し支払われていたところ、昭和三一年七月二三日ころ、原告の代理人と称する右佐藤厚と右河井英一との間で、本件土地を代金六〇万円で原告が右英一に売り渡す旨の合意が成立し、右譲渡につき農地法三条所定の許可を受けたうえで、昭和三二年三月九日ころ、前記所有権移転登記がなされ、英一は代金全額の支払いを了したことが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く、他にこれを左右する証拠はない。しかしながら、右売買につき、原告が右佐藤厚に代理権を与えたことを認めるに足りる証拠はないのみならず、その当時、右佐藤が表見代理の基礎となりうる何等かの代理権(基本代理権)を有していたものと認めるべき証拠もなく、かつまた、英一が佐藤に本件土地を売却する権限があるものと信ずるにつき正当の理由があつたというべき事実を認めることもできない。したがつて、前記売買契約の効果が原告に及ぶものということはできない。

しかし、争いのない請求の原因第2項の事実および前掲被告ら各本人の供述と弁論の全趣旨によれば、前記英一は、右所有権移転登記がなされた後も本件土地の占有を継続していたところ、本件土地につき、被告の抗弁第1項(二)ないし(七)記載のとおりの各相続、売買、交換がなされ(ただし、(一〇)の土地については、被告江別市が取得するに先だち、被告会社が昭和四一年五月二八日、英一から買い受け、しかるのちに同会社が、昭和四四年一〇月二一日、被告江別市にこれを売り渡した。)、これと同時に、当該各被告らは、それぞれその対象たる土地の占有を英一から承継し、爾来その占有を継続したことがあきらかである。かかる場合には、右英一および各被告らは、当該売買契約等がなされたのちは、所有の意思をもつて各土地を占有したものと認めるべきであり(原告主張のようにその通知をまつてはじめて自主占有となるものではない。)、右占有は、いずれも善意、平穏、公然になされたものであることが推定されるところ(民法第一八六条一項)、かかる占有ではなかつたことの証明はない。そして、前認定の、英一が売買契約を締結するにあたつての諸事情に徴すると、英一および右被告らは、右の占有にあたりいずれも当該土地を自己の所有と信じたとき過失はなかつたものというべきである。そうすると、本件土地のうち、被告徳田が(四)の土地につき、被告会社が(五)(一〇)の各土地につき、被告英二が(三)(九)の各土地につき、英一がその他の土地につき、遅くも英一名義の登記がなされた昭和三二年三月九日から一〇年後の昭和四二年三月九日の経過とともに時効によりその所有権を取得したものというべきである。そうとすれば、原告は、右取得時効により本件土地の所有権を失つたことがあきらかである。被告らの抗弁2は理由がある。

三  そうすると、本件土地の所有権が原告に帰属することに基づく原告の各請求はいずれも失当といわなければならない。

よつて、原告の各請求を棄却し、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

(一)  江別市字元野幌二八四番一

畑   七八六八平方メートル

(二)  同所同番二

田   二五一二平方メートル

(三)  同所同番三

宅地  三四六・一五平方メートル

(四)  同所同番四

畑   一九八平方メートル

(五)  同所同番五

宅地  九四三・七六平方メートル

(六)  同所同番六

畑   六三平方メートル

(七)  同所同番七

畑   一〇平方メートル

(八)  同所同番八

畑   四二〇平方メートル

(九)  同所同番九

宅地  三一五・〇〇平方メートル

(一〇) 同所同番一〇

宅地  四八・一二平方メートル

(一一) 同所二八三番一

畑   四一九平方メートル

(一二) 同所同番二

畑   四・七〇平方メートル

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